【世界遺産】09先史時代/古代文明

こんばんは、みや兄です!3月13日までは世界遺産検定2級合格に向けての勉強シリーズです。

「くわしく学ぶ世界遺産300 世界遺産検定2級公式テキスト」を中心に自分の苦手ポイントメモなどを加えていきたいと思います。

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今日は第9回目ということで「09先史時代/古代文明」です

■先史時代

◯カカドゥ国立公園

(複)オーストラリア 1981年/1987年、1992年範囲拡大/2011年範囲変更 (Ⅰ)(Ⅵ)(Ⅶ)(Ⅸ)(Ⅹ)

◯オーストラリア北部の複合遺産

オーストラリア最大の国立公園

→マングローブの群生する干潟、雨季には沼地となる氾濫原、熱帯雨林、サバナ、断崖など様々な自然景観。

→植物相は46種の絶滅危惧種や9種の固有種。

→多様な環境でイリエワニや野鳥のセイタカコウが生息している。

◯アボリジニの生活や宗教。

→公園内に約300人のアボリジニが居住している。

→正式にアボリジニの所有地として認められており、政府が借り受ける形で公園運営が行われている。

→人類最古の石器とされる約4万年前の斧や、近年まで描かれていた1,000ヶ所以上もの壁画も発見され、アボリジニが代々この地で暮らしてきたことを証明している。

→壁画はアボリジニの生活や宗教、伝説をモチーフとしており、動物や人間の絵に、骨格や内臓を透視するように描きこんだ「X線画法」と呼ばれる技法が用いられている。

→公園東部のウビル・ロックやノーランジー・ロックでは保存状態の良好な壁画が残っている。

複合遺産で豊かな自然景観とアボリジニの文化がポイント。X線画法は覚えておく。

Wikipedia→カカドゥ国立公園

◯ピントゥラス川のクエバ・デ・ラス・マノス

(文)アルゼンチン 1999年(Ⅲ)

◯アルゼンチン南部

→アルゼンチン南部パタゴニアのビントゥラス川流域の渓谷や洞窟に、先史時代に描かれたとされる壁画が多く残っている。

→有名なのが「手の洞窟」を意味するクエバ・デ・ラス・マノス。

→壁に手をつき顔料を吹き付けて描かれた壁画が800以上確認されている。

→手形はほとんど左手のものである。

ビントゥラス川のクエバ・デ・ラス・マノスという単語をしっかり覚える。国はアルゼンチン手の洞窟と結び付けて覚える。

Wikipedia→ピントゥラス川のクエバ・デ・ラス・マノス

◯タッシリ・ナジェール

(複)アルジェリア 1982年 (Ⅰ)(Ⅲ)(Ⅶ)(Ⅷ)

◯アルジェリア、サハラ砂漠最深部。

→紀元前8,000年頃から描かれた岩絵約2万点が残る。

→現在は侵食作用によってつくられた「岩の森」と呼ばれる景観が広がっている。

→岩絵には狩猟や牧畜の場面も描かれており、かつては緑豊かな地域であったことがうかがえる。

→現在の荒々しい景観美も遺産価値に含まれ複合遺産となっている。

アルジェリアのタッシリ・ナジェール岩の森にある壁画は昔の緑豊かな場面を伝える。現在の景観も遺産価値がある複合遺産

Wikipedia→タッシリ・ナジェール

◯ヴェゼール渓谷の文化的景観装飾洞窟と先史遺跡

(文)フランス 1979年 (Ⅰ)(Ⅲ)

◯フランス南西部のヴェゼール渓谷

→後期旧石器時代にクロマニヨン人が壁画を残した25の洞窟が点在。

→有名なラスコーの洞窟には、野生の馬、バイソン、サイ、シカなどおよそ10010の動物壁画が確認されている。

→ラスコーの洞窟は壁画の損傷を防ぐため研究者以外立入禁止。

→ラスコーの壁画を忠実に再現したラスコーⅡが一般公開されている。

ヴェゼール渓谷という名前は馴染みがないが、ラスコーの壁画は有名なのでそこを結び付ける。

Wikipedia→ヴェゼール渓谷の文化的景観装飾洞窟と先史遺跡

◯ウィランドラ湖地域

(複)オーストラリア 1981年 (Ⅲ)(Ⅷ)

◯オーストラリア大陸南部

→砂漠地帯に広がる約2万年前に干上がった湖の跡地。

ホモサピエンス(新人)の骨が発見された。

→出土した約26,000年前の女性の骨には火葬された痕跡が見られ、当時の風習を現代に伝える貴重な史料である。

→周囲にはアボリジニが残した岩面画も残る。

→地質学的にも貴重な場所。

干上がったウィランドラ湖の跡地。ホモサピエンスの骨が発見されたのが重要。ウィランドラ湖はオーストラリア

Wikipedia→ウィランドラ湖地域

◯人類化石出土のサンギラン遺跡

(文)インドネシア 1996年 (Ⅲ)(Ⅵ)

◯ジャワ島中部のザンギラン遺跡

ジャワ原人などの初期人類の化石が多数発掘された地域。

→19世紀末にオランダ人医師ユージン・デュボアがジャワ原人の化石を発掘。

→全世界で発見された初期人類化石の半数にあたる約50体が出土。

→サイやゾウの牙、水牛やシカの骨などの多数の化石も出土。

■ジャワ原人が発見されたのがザンギラン遺跡人類の化石出土遺産についてはまとめて覚えると良いと思った。

Wikipedia→人類化石出土のサンギラン遺跡

◯オモ川下流域

(文)エチオピア 1980年 (Ⅲ)(Ⅳ)

◯エチオピア南西部に広がるオモ川下流域。

→岩石層に大量の人類や動物の化石が出土した化石発掘地。

アウストラロピテクスや現代人の直接の先祖とされるホモ・エレクトゥスの化石、250万年前のものとされるホモ・ハビリスの石器類などが発見されている。

→人類最古の手作業の証拠であり、先史時代の人類の暮らしを伝えている。

アウストラロピテクスが重要ワードで、ヴェゼール渓谷(フランス)、ウィランドラ湖(オーストラリア)、ザンギラン遺跡(インドネシア)とあわせて人類化石出土シリーズで覚える。オモ川はエチオピア

Wikipedia→オモ川下流域

◯ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群

(文)イギリス 1986年/2008年範囲変更 (Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)

◯イングランド南部ソールズベリー平原

→巨石でつくられた環状列石がストーンヘンジ

→ヘンジとはメンヒル(直立石)に横石を積んでつないだ構造物のこと。

→ストーンヘンジは太陽崇拝の祭祀と天文観測を行う場であったと考えられている。

エイヴベリーはソールズベリーの北約30kmに位置。

→約1.3kmの外周に約100個のメンヒルが配置されたヨーロッパ最大級の環状列石

Wikipedia→ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群

◯マルタの巨石神殿群

(文)マルタ 1980年/1992年範囲拡大/2015年範囲変更 (Ⅳ)

◯地中海に浮かぶマルタ島とゴゾ島

→紀元前4,000年~前3,000年にかけて築かれた巨大神殿が残る。

→ゴゾ島のジュガンティーヤにある2つの神殿が世界最古の自立式石造建築として1980年に世界遺産登録。

→マルタ島の5つの神殿が1992年に拡大登録された。

→マルタ島のハジャーイム、イムナイドラ、タルシーンの3神殿は限られた資源と技術の中で生み出された卓越した建築。

→タハージュラとスコルバの複合神殿跡からは建築技術がいかに伝播発展していったかを見ることができる。

■マルタ島の5つの神殿とゴゾ島のジュガンティーヤの2つの遺跡。貴重な先史時代の建造物。

Wikipedia→マルタの巨石神殿群

■古代文明

◯メンフィスのピラミッド地帯

(文)エジプト 1979年 (Ⅰ)(Ⅲ)(Ⅵ)

◯エジプト北部のメンフィス

→古代エジプト古王国時代のピラミッド

→ギザからダハシュールに至る約30kmの間にピラミッドを含むおよそ30の歴史的建造物が点在。

→古王国以前の王や貴族の墓は、日干しレンガなどでつくられたマスタバと呼ばれる角形の墳墓だった。

◯初めてピラミッドを築いたのは古王国時代第3王朝のジェセル王。

→王に命じられた宰相イムホテプは「不滅の建材」である石を使った。

→10mの高さのマスタバを構築し、その四方を拡張、上に石を積んで4層のピラミッドを建造。

→さらに4層のピラミッドを土台にし、高さ60mのピラミッドを完成させた。

◯第4王朝スネフェル王の時代。

→屈折ピラミッドや赤のピラミッドなど在位中に3つのピラミッドを建造したとされる。

→スネフェル王の屈折ピラミッドは上部の勾配が下部に比べて緩やかなのが特徴。

→赤のピラミッドは石材の色が赤いことからその呼び名に。

クフ王の時代

→建造時の高さが150mという巨大ピラミッドを建造。

→現存するピラミッドのなかで最大。

→平均2.5tの石が約230万個も使われたと言われる。

→建造への従事者は3万人とも10万人とも推測されている。

→どのように積み上げたかは謎で世界七不思議のひとつにも数えられている。

→クフ王のピラミッドの周辺からは労働従事者が寝泊まりする宿舎跡も発見されている。

→ピラミッドの建造は農閑期の人々に仕事を与える公共事業として行われていた説もある。

◯メンフィスのピラミッド地帯。

クフ王、カフラー王、メンカウラー王のギザの三大ピラミッド

→王妃たちのピラミッドやスフィンクス、太陽の船博物館など周辺の建物についても覚えておく。(テキスト175p参照)

メンフィスのピラミッド地帯は情報量が多いので整理して覚える。三大ピラミッドは覚えているので、マスタバについてや、スネフェル王についてはおさえておく。

Wikipedia→メンフィスのピラミッド地帯

◯古代都市テーベと墓地遺跡

(文)エジプト 1979年 (Ⅰ)(Ⅲ)(Ⅵ)

◯エジプトのナイル川中流域にある。

→現在の名はルクソール、かつてはテーベと呼ばれた。

→エジプト中王国の第11王朝~新王国の第18王朝まで都が置かれた。

→アメン神を祀るカルナク神殿や都の廃墟、王族の墓所などが残っている。

◯ナイル川の東岸と西岸は役割が異なる。

→日が昇る東側=カルナク神殿やルクソール神殿がある。

→日が沈む西側=ネクロポリス(死者の都)と呼ばれる墓地遺跡群が残されている。

■歴史的な流れを考えるとメンフィスからの流れで覚える。カルナク神殿やネクロポリスはおさえる。

Wikipedia→古代都市テーベと墓地遺跡

◯ギョベクリ・テペ

(文)トルコ 2018年 (Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅳ)

◯アナトリア半島の南東の小高い丘に位置。

→楕円形や長方形をした巨石構造物群からなる考古遺跡。

→紀元前9600~前8200年の先土器新石器時代に狩猟採集民によって築かれたもの。

葬送の儀式などに用いられたと考えられている。

→独特なT字型の柱にはライオンやウシなど野生動物などの絵が彫られている。

→この地で11500年前頃に暮らした人々の生活や信仰がうかがえる。

■まず名前と場所が覚えにくいので確認する。先土器新石器時代と考古遺跡の目的は葬送の儀式という点がキーワード。

Wikipedia→ギョベクリ・テペ

◯ヒッタイトの首都ハットゥシャ

(文)トルコ 1986年 (Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)

◯トルコ中央部ボアズカレ地方

→ボアズカレ地方の東西約1.3km、南北約2.1kmの範囲に広がるハットゥシャの遺跡。

→ヒッタイト王国の首都遺跡。

→騎馬民族のヒッタイト人は優れた製鉄技術をもっていた。

→最盛期にはメソポタミアまで領土を拡大したが、紀元前12世紀頃に地中海から侵入してきた「海の民」と呼ばれる民族にハットゥシャを破壊され滅亡したと言われる。

◯ハットゥシャの遺跡の特徴

→二重の城壁に囲まれている。

→岩にレリーフが刻まれたヤズルカヤ神殿、スフィンクス門などの多くの門、城外に通じる地下道、貯蔵庫、王宮などの遺跡が残る。

→ビュユックカレと呼ばれる大城塞からは、楔型文字が記された2万枚以上もの粘土板が20世紀諸道に出土。

ハットゥシャはヒッタイトと結び付ける。製鉄技術や楔型文字についてはヒッタイトからイメージできるので、ハットゥシャを覚える。同じトルコのギョベクリ・テペと混ざらないように区別しながらセットで覚える

Wikipedia→ヒッタイトの首都ハットゥシャ

◯モヘンジョ・ダーロの遺跡群

(文)パキスタン 1980年 (Ⅱ)(Ⅲ)

◯パキスタン南部のインダス川下流

インダス文明最大の都市遺跡。

→モヘンジョ・ダーロは「死者の丘」

→遺跡は約1.6km四方の規模で西側が城塞地区、東側が市街地区に分けられる。

→市街地区は碁盤の目状に走る街路や排水溝など高度な都市計画の形跡が見られる。

→城塞地区には巨大な宮殿や墓所は発見されていない。

インダス文明には強大な権力者が存在しなかった説も。

■インダス文明の代表遺跡。都市計画の概要を覚えておくと良いかも。

Wikipedia→モヘンジョ・ダーロの遺跡群

◯殷墟

(文)中国 2006年 (Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅵ)

◯北京の南方、安陽市にある殷墟

→中国最古の都市遺跡のひとつ。

→中国最古の殷王朝後期に都が置かれた。

→神託などの結果を甲骨文字で記した亀の腹甲など、古代中国の言語や信仰の発展を示す重要な遺物が数多く出土。

→妃の墓が珍しく完全な形で残る。

→他にも皇族陵墓や宮殿の遺跡がいくつも発掘されている。

殷王朝と甲骨文字、古代中国文明を示す数々の遺物が出たことが重要です。

Wikipedia→殷墟

◯アッシュル(カラット・シェルカット)

(文)イラク 2003年/2003年危機遺産登録 (Ⅲ)(Ⅳ)【危機遺産】

◯イラクのチグリス川中流域のアッシュル

→アッシュルは現在のカラット・シェルカット。

→紀元前3000年頃から古代アッシリアの最初の首都に。

→アッシュル神を祀る宗教的拠点として発展。

→遺跡にはジッグラド(聖塔)や宮殿跡なども含まれるが多くは現在も未発掘のまま。

遺跡付近にダムを建設する計画があり、浸水の危険性から世界遺産登録と同時に危機遺産にも登録。現在ダムの建設は中断されている。

チグリス川と古代アッシリア、危機遺産になってることに注目する。

Wikipedia→アッシュル(カラット・シェルカット)

◯ペルセポリス

(文)イラン 1979年 (Ⅰ)(Ⅲ)(Ⅵ)

◯イラン南部のペルセポリス

→アケメネス朝ペルシアの最盛期に築かれた都市。

→3代皇帝ダレイオス1世が命じ創建。

→宗教儀礼の場として用いられたがマケドニアのアレクサンドロス大王の侵攻により破壊された。

→ペルセポリスは石を20mほど積み上げた大基檀の上に築かれている。

→入り口には緩やかな勾配の大階段と「万国の門」の別名をもつクセルクセス門がある。

→基檀上に「謁見の間(アパダナ)」がある。

アケメネス朝ペルシアのダレイオス1世が創ったのは有名。クセルクセス門は聞いたことがなかったので覚えたい。

Wikipedia→ペルセポリス

おわりに

■先史時代については、人類の文明の歴史を汲み取りながら考えていくと覚えやすいと感じた。ヴェゼール、ウィランドラ、ザンギラン、オモ川のように人類の化石が発見されたところは整理してセットで覚えると良いと思う。

■古代文明については四代文明の基礎知識を思い出しながら、周辺情報を足していくと良いと思う。比較的覚えやすいところなので見直しをしっかりとする。

世界遺産検定2級→10アメリカ大陸の文明/東南アジアと南アジア

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