【世界遺産】08古代ギリシャとヘレニズム/ローマ帝国

こんばんは、みや兄です!3月13日までは世界遺産検定2級合格に向けての勉強シリーズです。

「くわしく学ぶ世界遺産300 世界遺産検定2級公式テキスト」を中心に自分の苦手ポイントメモなどを加えていきたいと思います。

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今日は第8回目ということで「古代ギリシャとヘレニズム/ローマ帝国」です

■古代ギリシャとヘレニズム

◯アテネのアクロポリス

(文)ギリシャ 1987年 (Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅵ)

◯ギリシャの首都アテネのシンボル

→世界的に有名なパルテノン神殿

→オリンポス十二神の一神、戦いと知恵の女神アテナに由来する名を持つこの地域。

→紀元前1500年頃に王宮の所在地となり都市が発展。

→ギリシャ各地にポリスと呼ばれる都市国家が形成。

→紀元前500年頃にアケメネス朝ペルシアとの間にペルシア戦争が勃発

→諸ポリスはデロス同盟を結成しペルシアに対抗した。

◯アテネに集まる著名人

→ソクラテス、プラトン、アリストテレスなどの知識人

→ディオニソス劇場などでは三大悲劇詩人の劇が上映された

→三大悲劇詩人=アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデス

■おおまかなところは覚えているのでキーワードと三大悲劇詩人をおさらいしておく。

Wikipedia→アテネのアクロポリス

◯エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域

(文)ギリシャ 1988年 (Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅵ)

◯医療の神アスクレピオスの聖地

→紀元前390年頃建築家テオドロスによって建てられたアスクレピオス神殿がある。

→アスクレピオス神殿はドーリア式。

→神殿の周囲には医療施設や運動施設、劇場が建てられ、大規模な医療センターへと発展。

→聖域の南東に残る劇場はギリシャ世界で最も美しいと評されている。

アスクレピオス=医療の神なので、それにまつわる建物が建設されたことを覚えておく。エピダウロスという地名は覚えたい。

Wikipedia→エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域

◯デルフィの考古遺跡

(文)ギリシャ 1987年 (Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅵ)

◯ギリシャ中部パルナッソス山の南麓

→予言と音楽を司る太陽神アポロンの聖地。

→巫女による「アポロンの神託」か行われたアポロン神殿。

紀元前8~前4世紀にギリシャ世界随一の聖地として栄えた当時の建造物が数多く残されている。

デルフィはアポロンの聖地、デルフィはアポロンの聖地、デルフィはアポロンの聖地!

Wikipedia→デルフィの考古遺跡

◯ピリッポイの考古遺跡

(文)ギリシャ 2016年(Ⅲ)(Ⅳ)

◯ギリシャ北東部の都市ピリッポイ

→ヨーロッパとアジアをつなぐエグナティア街道が通る交通の要所。

→紀元前356年 マケドニア王ピリッポス2世によって創建。

→その後「小ローマ」として発展

→都市にはヘレニズム式の外壁や劇場、ローマ式のフォーラムや神殿、聖堂が混在する。

→紀元後40~50年のパウロ訪問後はキリスト教信仰の中心地に。

■ピリッポイの重要ワードはエグナティア街道。ヨーロッパとアジアをつなぐ交通の要所。その後のローマ化も流れをつかむ。

Wikipedia→ピリッポイの考古遺跡

◯キレーネの考古遺跡

(文)リビア 1982年/2016年危機遺産登録 (Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅵ)【危機遺産】

◯リビア北東部のキレーネ。

→アポロンの信託によって紀元前630年頃にエーゲ海のテラ島(サントリーニ島)から移住してきた住民によって築かれた。

→365年の地震の被害を受けるまでは地中海貿易の中心都市として繁栄。

→「キレーネ」はアポロンが愛した泉の精霊に由来。

→紀元前5~前4世紀には太陽神アポロンに捧げる神殿やギリシャ様式の劇場などが建造された。

キレーネ=アポロンの信託のイメージ。場所はリビアにあること、地中海貿易の中心であったことを抑える。

Wikipedia→キレーネの考古遺跡

◯ブトリントの考古遺跡

(文)アルバニア 1992年/1999年範囲拡大/2007範囲変更 (Ⅲ)

◯アルバニア共和国の南部。

→紀元前7世紀後半に築かれたギリシャの港湾都市の遺構。

→都市部には円形劇場や住居、医療の神アスクレピオスが祀る神殿がある。

→古代ローマ帝国に併合後は円形劇場は拡張、競技場や公共浴場なども建設。

→初期キリスト教時代のバシリカ式聖堂や洗礼堂などもみられる。

ブトリントはアルバニアにあること。アスクレピオスを祀る神殿があることは抑えておく。

Wikipedia→ブトリントの考古遺跡

◯トロイアの考古遺跡

(文)トルコ 1998年(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅵ)

◯トルコ西部にある。

→ホメロスの叙事詩『イリアス』に記されたトロイア戦争の舞台とされる。

→1873年にシュリーマンが遺跡を発見。

→その後9つの時代の都市遺跡が層を成していることが確認された。

■トロイアといえばシュリーマンで有名。『イリアス』を読んで情熱をあげたシュリーマンが見つけた話を漫画世界の歴史みたいなので読んだ覚えがあるから覚えていた。

Wikipedia→トロイアの考古遺跡

◯ネムルト・ダーの巨大墳墓

(文)トルコ 1987年 (Ⅰ)(Ⅲ)(Ⅳ)

◯トルコ南東部のネムルト山の山頂にある。

→紀元前1世紀にコンマゲネ王国のアンティオコス1世が自身のために築いた墳墓の遺跡。

→1881年に墳墓が発見される。

→コンマゲネ王国はギリシャとペルシアの双方から強い影響を受けていた

→「王の星占い」と呼ばれるレリーフが施された石板。

ネムルト・ダーは名前が印象的で覚えやすい。コンマゲネ王国が覚えにくい。ビジュアルもインパクトあるので写真も見て覚えておくといいかも。

Wikipedia→ネムルト・ダーの巨大墳墓

■ローマ帝国

◯ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂

(文)イタリア/ヴァティカン 1980年/1990年初範囲拡大/2015年範囲変更 (Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅵ)

◯イタリアの首都ローマ

→オオカミに育てられた双子ロムルスとレムスのうち、兄のロムルスから「ローマ」とついた。

→共和制ローマ~カルタゴとのポエニ戦争。

→カエサルの独裁体制からアウグストゥスが初代皇帝に。歴代の皇帝は凱旋門や劇場、浴場、神殿、円形闘技場などの大規模な建造物を建築。

→4世紀 コンスタンティヌス帝がキリスト教を公認。カトリック教会の中心地としてキリスト教の聖堂群が作られる。

→8世紀以降は教皇領の首都となり、ルネサンス期にはミケランジェロ、ラファエロ、ベルニーニなどの芸術家が台頭。

◯ローマの歴史地区の遺跡

・ローマ発祥の地とされる7つの丘

・コロッセウム=後80年につくられたローマ世界最大の円形闘技場

パンテオン=ローマ人が信仰する神々全てを祀った「万神殿」。アグリッパが建ててハドリアヌス帝が改築、ミケランジェロが「天使の設計」と絶賛。

・カラカラ浴場=市民のためにカラカラ帝がつくった大規模な公衆浴場跡。

◯ローマの歴史地区の範囲

→3世紀のアウレリアヌスの城壁内が世界遺産だったが1990年に登録範囲が拡大。教皇ウルバヌス8世が築いた城壁内まで世界遺産に含まれた。

→城壁外にあるサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂や、サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂 など、ヴァティカン市国が直轄する3聖堂も含まれる。

■①ローマの歴史の流れについて、②ローマの歴史地区の遺跡について、③ローマの歴史地区の範囲について、を覚えるのが良いと思いました。

Wikipedia→ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂

◯カルタゴの考古遺跡

(文)チュニジア 1979年 (Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅵ)

◯チュニジアの首都チュニス近郊の地中海沿岸に位置。

→カルタゴと言えばフェニキア人。地中海貿易で発展し、一時は「世界の覇者」とまで言われた。

→カルタゴはローマと3度に渡るポエニ戦争で激突。ハンニバルの奮闘むなしく敗戦、滅亡する。

→カエサルがカルタゴを再建する計画、その後のアウグストゥスの治世で実現。

→新しいカルタゴはローマ同様な道路が碁盤目状になり、円形劇場や闘技場などが設けられた。

→アントニヌスの浴場はローマ世界で3番目の規模の巨大施設。浴室、冷浴室、サウナなど合計100以上の部屋を備えていた。

→建物の床はローマ期のモザイクで装飾されている。

→7世紀終わりにウマイヤ朝に占領され、街は再度破壊されてしまう。

→現存するカルタゴの遺跡はほとんどローマの植民都市時代に築かれたもの。

■上述の「ローマの歴史地区」とあわせて覚えるとリンクして覚えやすい。カルタゴの歴史や発展についての流れを覚えると良い。

Wikipedia→カルタゴの考古遺跡

◯メリダの考古遺跡群

(文)スペイン 1993年 (Ⅲ)(Ⅳ)

◯スペイン南西部のメリダ

→かつてアウグスタ・エミリタと呼ばれていたローマ植民都市の遺跡。

→アウグストゥスによって建設され、イベリア半島の主要都市を結ぶ交通の要衝として発展。

→「スペインのローマ」と呼ばれるまで繁栄した

→最大5,500人を収容したという階段式観客席を持つローマ劇場や、円形闘技場などの遺構が残る。

■メリダはローマ植民都市だったのでローマみたいな建造物が多くみられる。かつてはアウグスタ・エミリタと呼ばれた。

Wikipedia→メリダの考古遺跡

◯エフェソス

(文)トルコ 2015年 (Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅵ)

◯トルコ西部にあるかつての港湾都市。

→ヘレニズムやローマ帝国時代の都市遺跡が残る。

→セルシウス図書館や巨大なローマ劇場、「世界の七不思議」に数えられたアルテミス神殿。

→5世紀以降はこの地で余生を送った聖母マリアの家がキリスト教の主要な巡礼地に。

→8世紀にアラブ人に侵略されるまで長きにわたり地中海都市の中心として繁栄した。

■エフェソス公会議(431年)で有名なあのエフェソス。聖母マリアの家があることは抑えておく。

Wikipedia→エフェソス

◯ポンペイ、エルコラーノ、トッレ・アヌンツィアータの考古地区

(文)イタリア 1997年 (Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)

◯イタリア南部のポンペイ

→紀元79年のヴェスヴィオ火山の噴火で火山灰に埋もれた街。

→発掘された街からは噴火当時のままの建造物や広場が発見された。

→逃げ遅れた人が埋まってできた空洞に石膏を流し込んで再現された人々の姿が悲劇を伝えている。

■ポンペイもクイズでお馴染みヴェスヴィオ火山と一緒に出てくるので覚えていた。わりかし有名な世界遺産だと思う。

Wikipedia→ポンペイ、エルコラーノ、トッレ・アヌンツィアータの考古地区

◯レプティス・マグナの考古遺跡

(文)リビア 1982年ずらずら2016年危機遺産登録 (Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)【危機遺産】

◯リビア北部 地中海沿岸のレプティス・マグナ

→古代ローマの北アフリカにおける商業中継地であった港湾都市の遺跡がある。

→フェニキア人が築き、ローマの植民地に、ら

→この地で産まれたセプティミウス・セウェルスがローマ皇帝となり黄金期を迎えた。

→セウェルス帝の凱旋門やローマ劇場などが建設されローマに匹敵する都市になった。

■古代ローマの北アフリカの重要地。セプティミウス・セウェルスは覚えられそうにないのでレプティス~セプティミウス~みたいに覚える。

Wikipedia→レプティス・マグナの考古遺跡

◯ローマ帝国の境界線

(文)イギリス/ドイツ 1987年/2005年、2008年範囲拡大 (Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)

◯イギリスとドイツにある。

異民族の侵入に備えて築かれた防壁。

→ドイツに残る防壁リーメスはゲルマン民族の襲撃に備えドミティアヌス帝が築いた。全長550kmに及ぶ。

→イギリス北部に120kmにわたり延びるハドリアヌス帝の名を冠した長城は北方の境界線とされ、その後さらに北にアントニヌス・ピウス帝による長城が築かれた。

■ドイツにあるリーメスとイギリスのハドリアヌスの長城はクイズにも出るのでセットで覚えておく。

Wikipedia→ローマ帝国の境界線

◯スプリトのディオクレティアヌスの宮殿と歴史的建造物群

(文)クロアチア 1979年 (Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)

◯アドリア海沿岸の港町スプリト

→3世紀のローマ皇帝ディオクレティアヌスが余生を過ごした宮殿を中心に発展した街。

→ローマ時代の遺跡の上には、ゴシック、ルネサンス、バロックといった様々な建築様式が混在して独特な街並みとなった。

スプリトはクロアチアの港町。キーワードはディオクレティアヌス帝

Wikipedia→スプリトのディオクレティアヌスの宮殿と歴史的建造物群

世界遺産検定2級→09先史時代/古代文明

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