【世界遺産】65時間目 一つの時代を築いた遺産~ヨーロッパの世界遺産

こんばんは、みや兄です!世界遺産検定1級合格に向けての勉強シリーズです。

公式テキストである「すべてがわかる世界遺産大事典(上)(下)」を中心に自分の苦手ポイントメモなどを加えていきたいと思います。

「すべてがわかる世界遺産大事典(上)(下)」
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今日は65時間目ということで「65一つの時代を築いた遺産」です

■一つの時代を築いた遺産

◯アーヘンの大聖堂

(文)ドイツ 1978年/2013年範囲変更

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅵ)

場所 ドイツの西側。

歴史 カール大帝によってカロリング朝の首都的存在になったアーヘン。

16世紀まで30人の神聖ローマ帝国皇帝が戴冠式を行った。

特徴 「カロリング・ルネサンス」を象徴する古典様式とビザンツ様式の融合。

聖堂は八角形の中心部を正十六角形の周歩廊が取り囲む集中式の構造。

■一番最初に世界遺産登録された12の遺産の一つ。

Wikipedia→アーヘンの大聖堂

◯ヴィエリチカとボフニャの王立岩塩抗

(文)ポーランド 1978年/2008、2013年範囲拡大

登録基準(Ⅳ)

場所 ポーランド南部にある古都クラクフ。

歴史 13世紀頃から本格的な採掘が始まった岩塩採掘所。

12世紀末にポーランド王カジミエシュ2世がこの地に城塞を築き採掘権を独占。

14~16世紀に産出された岩塩はポーランド王国の財源の3分の1を占めるほどだったとされる。

2013年にボフニャの王立岩塩抗と管理棟が追加登録された。

特徴 坑道は9つの層に分かれ、深さ300m以上、総延長は300kmに及んだ。

岩塩に彫られた彫刻が残り、地下101mにる聖ギンガの礼拝堂にある彫刻が有名。

塩の殺菌作用で空気が浄化されていることから療養所も併設されている。

■一番最初に世界遺産登録された12の遺産の一つ。

Wikipedia→ヴィエリチカとボフニャの王立岩塩抗

◯セビーリャの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館

(文)スペイン 1987年/2010年範囲変更

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅵ)

場所 スペイン南西部セビーリャ。

歴史 イスラムとカトリックの融合。大航海時代のスペインの栄光を体現する建造物。

特徴 3つの代表的建造物について説明。

①セビーリャ大聖堂:コロンブスの墓がある。隣接する「ヒラルダの塔」は「風見の塔」という意味。約98m。

もともとはモスクのミナレットだった。改修が進むとゴシック、ルネサンス、バロックが混在する建造物となった。

②アルカサル:スペイン王室の離宮。イスラム勢力の長官が建造した居館が始まり。

1248年以降はカスティーリャ王国がカトリック勢力としてこの地を統一。

ムデハル様式を基本としながら、ルネサンスから新古典様式までの各様式が融合する形となった。

③インディアス古文書館:1585年フアン・デ・エレーラが設計したセビーリャ商品取引所(カーサ・ロンハ)だった。

スペイン・ルネサンスの代表的建造物。

1784年にはスペインの植民地政策で国王を補佐するインディアス枢機会議がカルロス3世のよりこの地に置かれる。

スペイン植民地に関する資料や文書を集積する資料館として活用された。コロンブスの航海日記も収められている。

大航海時代を先導したスペインと、アメリカ大陸のつながりを示す象徴的な建造物。

■2008年にバッファーゾーン範囲外に高層ビルの建築が計画され危機遺産リスト入りも提案されたが記載は見送られた。

Wikipedia→セビーリャの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館

◯メディナ・アサーラのカリフ都市

(文)スペイン 2018年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 スペイン南部。

歴史 10世紀半ば後ウマイヤ朝によって築かれた都市の考古遺跡。

アブド・アッラフマーン3世が離宮として30年以上かけて建造。1009年~1010年のカリフ内戦で荒廃。

都市遺構は20世紀初頭に発見されるまで1000年もの間忘れ去られていた。

特徴 道路や橋、水供給システム、建造物、装飾的要素、日常品などのインフラ。

栄華の極みであったアル・アンダルスに対する知見を提供。(=アル・アンダルス:イスラム勢力統治下のイベリア半島一帯。

■アブド・アッラフマーン3世って早口言葉で絶対3回言えない。

Wikipedia→メディナ・アサーラのカリフ都市

◯アストゥリアス王国とオビエドの宗教建築物群

(文)スペイン 1985年/1998年範囲拡大

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 スペイン北西部アストゥリアス地方。

歴史 アストゥリアス王国はレコンキスタの口火を切ったペラーヨが718年に建国した国家。

首都であったオビエドには8~10世紀にかけて多くの協会が建設。

特徴 世界遺産登録はオビエド市街及び郊外に残る6つの教会と関連施設。

サンタ・マリア・デル・ナランコ教会:プレロマネスク様式の1つアストゥリアス様式の典型的建造物。

■アストゥリオスと思ったらアストゥリアスだった。

Wikipedia→アストゥリアス王国とオビエドの宗教建築物群

◯イワノヴォの岩窟教会群

(文)ブルガリア 1979年

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)

場所 ブルガリア北東部。ルセンスキー・ロム川沿いの断崖にある。

歴史 13世紀半ば頃から約300もの石窟の教会が造られる。

特徴 石窟を利用した教会や修道院が数多く築かれた地。

石窟教会には多くのタルノヴォ派のフレスコ画が描かれている。

長年の風化や天災で洞窟の多くは崩壊。保存状態の良好なフレスコ画はわずか5か所の洞窟内のみ。

■イワノヴォの岩・・・で覚えやすい。

Wikipedia→イワノヴォの岩窟教会群

◯ボヤナの教会

(文)ブルガリア 1979年

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)

場所 ブルガリア西部。ヴィトシャ山脈の山麓。

歴史 王家の礼拝堂として建設がはじめられた教会を中心に、ブルガリア帝国の王侯たちの別荘地として発展。

特徴 貴重なフレスコ画が残り、時代の異なる3棟の複合体

聖パンティレイモン教会:13世紀に建設された中心の教会。フレスコ画には89の場面に240人もの人物が登場。

聖二コラ教会:西側にある最も古い教会

③オスマン帝国の時代に増築された東側にある教会。

■ブルガリア帝国のフレスコ画を持つ教会。ブルガリアの遺産はまとめて覚えたい。

Wikipedia→ボヤナの教会

◯ロルシュの修道院遺跡

(文)ドイツ 1991年/2011年範囲変更

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 ドイツ中西部ヘッセン州ロルシュ。

歴史 修道院跡は8世紀のカロリング朝時代の施設の名残。

764年建造、聖ナザリウスの遺骨が納められたことで多くの巡礼者が集まる。

9世紀にはフランク王国の修道院学校、付属図書館、写本室を誇る知の拠点だった。

1564年に解散。度重なる戦火により再建と焼失を繰り返している。

特徴 創建時の姿をとどめているのは楼門「王の門」のみ。

カロリング・ルネサンスの文化を伝える数少ない遺構。

■ロルシュは検定でも出そうなので抑えておくと良いと思います。

聖ナザリウスはディオクレティアヌス帝の時代に3人の仲間と共に殉教した聖人。

Wikipedia→ロルシュの修道院遺跡

◯コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構

(文)ドイツ 2014年

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 ドイツ中部ヘクスター周辺。ヴェーザー川沿い。

歴史 822年~885年にかけて広大な田園地帯に建造された。

三十年戦争で被害を受けるが1699年からバロック様式で再建。

元は3つの塔が建っていたが12世紀2つのに塔のファサード改築された。

特徴 コルヴァイには最高の権威を誇る図書館があった。

コルヴァイお西構え(ウェストヴェルク)はカロリング朝で唯一現存する建造物。

■世界遺産検定1級には出なそうですが、覚えたいですよね。

Wikipedia→コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構

◯フランドル地方のベギン会の建物

(文)ベルギー 1998年

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 ベルギー北西部フランドル地方。

歴史 13世紀頃、ルーヴェンに造られたベギン会館はベルギーでも最大規模の物。

1245年、フランドル伯の妻によりブリュージュのベギン会館は創建された。

特徴 ベギン会の建物:修道院に属さず、キリスト教の敬虔な生活を送る女性たちが共同生活を行った会館。

塀で囲まれた敷地の中は住居、教会、付属建築物、中庭など。病院、学校も建てられて街のようになっているところもある。

■ベギン会の特徴は覚えておくと選択肢で問われたときに引き出せる。「○○会」は特徴を覚えておきたい。

Wikipedia→フランドル地方のベギン会の建物

◯スケリッグ・マイケル

(文)アイルランド 1996年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 アイルランドの南西沖12㎞の会場に浮かぶ。

歴史 7世紀頃絶海の孤島に建造された石積みの修道院。

10~11世紀には聖ミカエル(マイケル)を守護聖人としてまつる聖堂が建てられる。

12世紀には閉鎖された。

特徴 ヨーロッパに現存する最古の修道院

■アイルランド語で「天使ミカエルの岩」を意味する。

Wikipedia→スケリッグ・マイケル

◯イタリアのロンゴバルト族:権勢の足跡(568-774年)

(文) 2011年

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅵ)

場所 北イタリア

歴史 6世紀に北ヨーロッパから南下しイタリアに根拠地を置く。

8世紀までに広大な領域を支配し独自の文化を発展させる。

特徴 要塞、教会、修道院などイタリア国内に7カ所存在するロンゴバルト王国の遺跡群の総称。

■建築的に特徴的な点:古代ローマの伝統に加えてキリスト教の精神性やビザンツ、北ヨーロッパのゲルマン人の文化などが混在。

Wikipedia→イタリアのロンゴバルト族の:権勢の足跡(568‐774年)

◯ベラトとギロカストラの歴史地区

(文)アルバニア 2005年/2008年範囲拡大

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 アルバニア南部のギロカストラと中部寄りのベラト。

歴史 ①ギロカストラ:17世紀に建設されたタレットがついた家屋が特徴。

18世紀建造のモスクと、同時期建設のキリスト教教会やバザールが残る。

19世紀になるとタレット付き家屋はより精巧に。1階は冬、2階は夏と季節によっての住み分け。

②ベラト:2008年に追加登録。職員が長年住み続けた特徴的な家屋は山の斜面に建てられて窓が多い

特徴 オスマン帝国時代の建造物が残る。

■アルバニアの世界遺産はここと「ブトリントの考古遺跡」の2つ。

※タレット:語源はイタリア語の「小塔」。建物から飛び出した小さな塔。建物の壁面から飛び出したものを言う。

Wikipedia→ベラトとギロカストラの歴史地区

◯マダラの騎馬像

(文)ブルガリア 1979年

登録基準(Ⅰ)(Ⅲ)

場所 ブルガリア北東部マダラ平原。

歴史 8世紀から9世紀前半頃に彫られたとされる巨大な騎士のレリーフ

特徴 高さ23mの位置に縦2.5m、横3mにわたって彫られている。

レリーフは高低差100mある断崖に存在。ブルガリアの英雄テルヴェル・ハーンのものと推測されている。

■レリーフは聖ゲオルギオス説もある。ブルガリアの巨大な騎士像レリーフで覚えたい。

Wikipedia→マダラの騎馬像

◯ビルカとホヴゴーテン

(文)スウェーデン 1993年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 スウェーデンで3番目に大きな湖メーラレン湖に浮かぶ2つの島、ビョルケー島とアデルスエー島。

歴史 8世紀から11世紀にかけて繫栄したヴァイキングの大交易地の遺跡が残る場所。

特徴 ビョルケー島のビルカ→8~10世紀に繁栄。城壁や2,000を超える墳墓、ルーン文字の石碑などが見つかる。

    アデルスエー島のホヴゴーデン→ヴァイキング時代の王宮跡とみられる遺跡が発見される。

■島の名前まで覚えなくては良いと思う。ルーン文字とヴァイキングが出たらこの遺跡を思い出そう。

Wikipedia→ビルカとホヴゴーテン

おわりに

「一つの時代を築いた遺産」については、まずは歴史と特徴的なワードを抑えておく。そして点在する時代背景はきちんと分けて整理するように覚える。

世界遺産検定の他にも色々なジャンルの記事を書いてますので気になるジャンルがありましたら読んでいただけると幸いです。

これからも生活の役に立つ記事、楽しい記事を少しずつ書いていきたいと思います!

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