【世界遺産】58要塞と城砦、城塞都市~ヨーロッパの世界遺産

こんばんは、みや兄です!12月12日までは世界遺産検定1級合格に向けての勉強シリーズです。

公式テキストである「すべてがわかる世界遺産大事典(上)(下)」を中心に自分の苦手ポイントメモなどを加えていきたいと思います。

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今日は第58回目ということで「58要塞と城砦、城塞都市」です

■要塞と城砦、城塞都市

◯ロンドン塔

(文)イギリス 1988年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 テムズ川湖畔

歴史 ノルマンディー公ウイリアム1世が11世紀に建設した要塞施設。

特徴 石灰石で造られた塔は「ホワイトタワー」と呼ばれ、要塞として、ノルマン王朝首都の玄関口としての機能を持った。

■11世紀~16世紀の王はホワイトタワーに居住。要塞宮殿といえる複合建造物と変わり「ロンドン塔」と呼ばれるように。

テムズ川に接する水門は罪人を投獄するときにも使ったので「反逆者の門」とも呼ばれる。

英国王国の人物も複数幽閉され、エリザベス1世も幽閉され、その後女王として即位している。

ロンドン塔周辺は都市開発に伴い景観悪化が問題となっている。

Wikipedia→ロンドン塔

◯グウィネズのエドワード1世王の城郭群

(文)イギリス 1986年

登録基準(Ⅰ)(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 イギリス西部のウェールズ地方。

歴史 13世紀後半にイングランドのエドワード1世によって建設された。

特徴

■エドワード1世のウェールズ侵攻に抵抗した土地で征服後に独立を抑えるために城郭が10も建設された。

これらの城郭は環状に配置されたことから「アイアン・リング(鉄の輪)」と呼ばれている。

世界遺産に登録されているのはボーマリス城、カーナーヴォン城、コンウィ城、ハーレフ城の4資産。

この4つの城郭は13世紀当時を代表する築城家ジェームズ・オブ・セント・ジョージが設計したもの。

Wikipedia→グウィネズのエドワード1世王の城郭群

◯クロンボー城

(文)デンマーク 2000年

登録基準(Ⅳ)

場所 デンマークのエアスン海峡に面した岬に立つクロンボー城。

歴史 デンマーク王エーリク7世が築いた砦をフレゼリク2世が1574年からルネサンス様式の城館に改築。

特徴 スウェーデンとの距離が4kmほど。税収のための砦として築いた。

■クイズではおなじみのハムレットにでてくるお城のモデルとされているのがクロンボー城。

Wikipedia→クロンボー城

◯カステル・デル・モンテ

(文自複)イタリア 1996年

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)

場所 イタリア南部プーリア州。

歴史 1240年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世により築かれた城塞。

特徴 八角形の中庭を八角形の壁が取り囲み、壁の角には八角形の塔が8つ付けられている。

■屋根の貯水槽にたまった雨が各部屋に行くシステムあり。堀や馬小屋はついていなかった。

Wikipedia→カステル・デル・モンテ

◯ヴェネツィア共和国の防衛施設群(16-17世紀):スタート・ダ・テッラと西スタート・ダ・マール

(文)イタリア/クロアチア/モンテネグロ 2017年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 イタリア、クロアチア、モンテネグロにある6つの防御施設からなる。

イタリアのロンバルディア地方からアドリア海の東岸まで1000kmにわたって広がる。

歴史 スタート・ダ・デッラはヴェネツィア共和国の北西を他のヨーロッパ列強から守るために築かれる。

スタート・ダ・マールはアドリア海のレヴァント地方に向けた航路と港を守るためにできたもの。

特徴 稜堡を持つ最新の要塞デザインが用いられた。

■ヴェネツィア共和国を守るための要塞群。

Wikipedia→ヴェネツィア共和国の防衛施設群(16-17世紀):スタート・ダ・テッラと西スタート・ダ・マール

◯ベリンツォーナ旧市街にある三つの城、城壁と要塞群

(文)スイス 2000年

登録基準(Ⅳ)

場所 スイス南部イタリアと西ヨーロッパを結ぶ交通の要所。

歴史 13世紀~15世紀にかけて築かれた中世の城塞群。

特徴 いずれも岩山の上に建ち、外敵の侵入に備えていた。

■13世紀建設のカステル・グランデ

14世紀建設で「ムラータ」という防壁でグランデと結ばれたカステッロ・ディ・モンテベッロ。

1480年建設で少し離れた場所に建つカステッロ・ディ・サッロ・コルバーノの3つが世界遺産と登録されている

Wikipedia→ベリンツォーナ旧市街にある三つの城、城壁と要塞群

◯ヴァルトブルグ城

(文)ドイツ 1999年

登録基準(Ⅲ)(Ⅵ)

場所 ドイツ中部アイゼナハ郊外に建つ。

歴史 11世紀半ばに創建された後期ロマネスク様式の城。

特徴16世紀宗教改革を唱えて迫害されたマルティン・ルターがザクセン選帝候に保護された場所。

■ワーグナーのオペラ『タンホイザー』の舞台などになる。

Wikipedia→ヴァルトブルグ城

◯カルカッソンヌの歴史的城塞都市

(文)フランス 1997年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 フランス南部。ピレネー山脈を挟んでスペインと対峙するカルカソンヌ。

歴史 紀元前6世紀ガリア人が集落を築き、3~4世紀の古代ローマ時代に都市を囲う城壁となった。

新たな城壁が13世紀半ばに造られる。1659年のピレネー条約でスペインとの国境が策定され城壁の重要性は失われる。

特徴 19隻に城壁の重要性が見直され、建築家ヴィオレ・ル・デュクにより修復プロジェクトが始まる。

■クイズでもよく出る、ボードゲームの名前としても有名なカルカソンヌ。

Wikipedia→カルカッソンヌの歴史的城塞都市

◯ヴォーバンによる要塞建築群

(文)フランス 2008年

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 フランス西部一帯

歴史 1667年から1707年にかけて築いた西洋式軍事建築

特徴 セバスチャン・ル・ブレストル・ドゥ・ヴォーバンが手掛けた要塞。 

■12の建造物群が世界遺産登録。稜堡式要塞や山の中に設置された砲台、通信施設、城や官舎を含み、1つの街全体に及ぶものもある。

Wikipedia→ヴォーバンによる要塞建築群

◯アムステルダムの防衛線の要塞

(文)オランダ 1996年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅴ)

場所 アムステルダムを取り巻く防衛線の要塞。

歴史 1883年から1920年にかけて建設。

特徴 治水技術を応用した巨大軍事施設

■市街の半径15km~20kmを囲むように築いた全長135kmの堤防と45の要塞からなる。

水の深さは人が進むには深く、船が進むには浅い0.5~1mと決められていた。

Wikipedia→アムステルダムの防衛線の要塞

◯レヴォチャ、スピシュ城と関連する文化的建造物群

(文)スロバキア 1993年/2009年範囲拡大

登録基準(Ⅳ)

場所 スロバキア東部。

歴史 13世紀初頭にタタール人の襲撃に備えて築かれた。

15~16世紀にはルネサンスやバロック様式の建物が増築され東欧最大規模を誇った。

18世紀には消失、現在は廃墟となっている。

特徴 聖職者居住区として建築された城下町のスピシュスケー・ポトフラジェには100件以上の歴史的建造物が残る。

■2009年にレヴォチャの中心街が拡大登録された。

Wikipedia→レヴォチャ、スピシュ城と関連する文化的建造物群

◯バルジェヨウ街並保存地区

(文)スロバキア 2000年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 スロバキアのポーランドとの国境付近、カルパティア山脈の中腹、トプリャ川のほとりにあるバルジェヨウ。

歴史 13世紀から交易地として繁栄。

特徴 城壁や見張り塔を配した中世の典型的な要塞都市。

■城壁の内部の旧市街には15~16世紀に後期ゴシック様式で築かれた聖エギディウス教会や旧市庁舎、シナゴーグなどが残る。

Wikipedia→バルジェヨウ街並保存地区

◯スオメンリンナ要塞

(文)フィンランド 1991年

登録基準(Ⅳ)

場所 ヘルシンキ沖合の6つの無人島にあるスオメンリンナ要塞。

歴史 フィンランドを支配していたスウェーデンがロシアの侵攻に備え1748年に建設を開始。

特徴 総延長尾7.5kmに及ぶ花こう岩の城壁で囲まれており、北ヨーロッパで最も大きな稜堡を持つものだった。

第二次世界大戦後に軍事使用が廃止され、現在はヨーロッパの要塞建築技術を伝える文化研究施設として公開されている。

Wikipedia→スオメンリンナ要塞

◯国境防衛都市エルヴァスとその要塞群

(文)ポルトガル 2012年/2013年範囲変更

登録基準(Ⅳ)

場所 リスボンとマドリードの間にある防衛上の重要な拠点。

歴史 17~19世紀にかけて要塞化されていった。

特徴 エルヴァスは世界最大規模の空堀と稜堡を活用した防衛システムを持つ街となる。

アモレイラ水道橋も残る。

まったく関係ありませんが昔あったゲーム「saga2」のラスボスは防衛システムだったことを思い出します。

Wikipedia→国境防衛都市エルヴァスとその要塞群

◯カザン・クレムリンの歴史的関連建造物群

(文)ロシア 2000年

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 ロシア西部、タタールスタン共和国のカザン

歴史 カザンは1552年にイヴァン4世に奪還されるまで中心都市であった。

特徴 13世紀から16世紀にかけてこの地を支配したタタール人の影響の残る城塞カザン・クレムリンがある。

■タタール人の皇女に捧げられたシュユンベキ塔やキリスト教の建物など、両文化の融合が見られる。

Wikipedia→カザン・クレムリンの歴史的関連建造物群

◯デルベントのシタデル、古代都市、要塞建築物群

(文)ロシア 2003年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 ロシア連邦南部、カスピ海西岸に位置。

歴史 5~6世紀ササン朝ペルシアの北辺の守りとして築かれたデルベントの遺跡。

特徴 沿岸からタバサラン山まで2本の城壁を平衡に築き敵の侵入を防御。城壁間に都市デルベント、山頂にシタデル(要塞)が作られた。

■デルベント旧市街には8世紀以来の隊商宿や浴場、モスク、19世紀のアルメニア教会などが残る。

Wikipedia→デルベントのシタデル、古代都市、要塞建築物群

◯歴史都市トロギール

(文)クロアチア 1997年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 クロアチア南部、アドリア海に浮かぶ要塞都市。

歴史 紀元前385年頃にギリシャの植民として建設される。

特徴 中世美術の至宝が残る要塞都市。

■完成に3世紀を要した聖ロヴロ大聖堂にはルネサンス様式の礼拝堂やゴシック様式の聖歌隊席など、様々な建築様式が混在し、中世の写本や絵画、彫刻などを所蔵する。

Wikipedia→歴史都市トロギール

◯オラシュティエ山脈のダキア人要塞

(文)ルーマニア 1999年

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 ルーマニア中西部、オラシュティエ山脈の麓。

歴史 紀元前1世紀から後1世紀にかけてローマ軍の侵入に備えて造られたもの。

特徴 オラシュティエ山脈麓の5つの村にあるダキア人要塞

■要塞群はサルミセジェツザ、カプルナ、バニツァ、ルンカニ、ブリダル、チェタツヤで構成される。

計画的な区画に分けられ、陶器工房、貨幣鋳造所などの施設跡が見られ、ダキア人の文明と技術の高さを伝えている。

Wikipedia→オラシュティエ山脈のダキア人要塞

◯上スヴァネチア

(文)ジョージア 1996年

登録基準(Ⅳ)(Ⅴ)

場所 大カフカス山麓とスヴァネト山地に挟まれた山間部に位置する上スヴァネチア

歴史 古来、周辺民族との争いが絶えなかったスヴァン族によって住居が要塞化された。

特徴 小聖堂や外敵に備えた防御塔が備えてある。

■日本の鎚起七宝細工に似たエマーユ技法が用いられた金属工芸品など、ジョージア美術を代表する装飾芸術が多く存在している。

Wikipedia→上スヴァネチア

おわりに

「要塞と城砦、城塞都市」については、国と地域、どの目的で建設されたか、その防衛の意味を歴史的にも考えるとよいと思います。

世界遺産検定の他にも色々なジャンルの記事を書いてますので気になるジャンルがありましたら読んでいただけると幸いです。

これからも生活の役に立つ記事、楽しい記事を少しずつ書いていきたいと思います!

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