【世界遺産】85植民都市(中米)/(南米)~アメリカ大陸の世界遺産

こんばんは、みや兄です!12月12日までは世界遺産検定1級合格に向けての勉強シリーズです。

公式テキストである「すべてがわかる世界遺産大事典(上)(下)」を中心に自分の苦手ポイントメモなどを加えていきたいと思います。

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今日は第85回目ということで「85植民都市(中米)/(南米)」です

■植民都市(中米)

◯メキシコシティの歴史地区とソチミルコ

(文)メキシコシティ 1987年

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)

場所 メキシコシティは元々アステカ帝国の都テノチティトランが存在。

メキシコシティの南方約30kmにある水郷地帯がソチミルコ。

歴史 アステカの帝都に築かれた植民都市

特徴 「ソカロ」と呼ばれる中央広場を中心に碁盤目状に道路が整備。

■アメリカ最大のキリスト教建築である大聖堂。

Wikipedia→メキシコシティの歴史地区とソチミルコ

◯グアナフアトの歴史地区と鉱山

(文)メキシコ 1988年

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅵ)

場所 メキシコ中央部、標高2,100mのアナワク高原に位置。

歴史 16世紀半ばに銀鉱山が発見され発展。1732年にグアナフアト大学創設。

    1903年にフアレス劇場建設。2010年登録の世界遺産「カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ」にも含まれる。

特徴 「ウルトラ・バロック」と称される有名なバレンシアナ教会堂

■サンタ・マリア・デ・グアナフアト聖堂にはスペイン国王フェリペ2世が寄進した聖母像が祀られている。

Wikipedia→グアナフアトの歴史地区と鉱山

◯プエブラの歴史地区

(文)メキシコ 1987年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 ポポカテペトル山麓の標高約2,170mに位置。

歴史 1531年にスペイン人のコルテスが築いた植民都市。

特徴 中南米特有のバロック様式の力強さを伝える建造物。 

■サントドミンゴ教会と教会付属のロザリオの聖母礼拝堂の内装はバロックの造形力と地元の装飾概念が融合した傑作。

街の装飾タイルはプエプラ周辺の豊富な粘土とスペインが持ち込んだアズレージョの技術が融合したもの。

※アズレージョ=ポルトガルなどで作られる釉薬を付けて焼いた装飾タイル。青色のものが多い。

Wikipedia→プエブラの歴史地区

◯モレリアの歴史地区

(文)メキシコ 1991年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅵ)

場所 メキシコシティから約300km西にあるモレリア。

歴史 16世紀半ばにスペインの植民都市バリャドリードとして築かれた。

特徴 高さ67mの2本の鐘楼と、青と白のタイルで覆われたドームを擁するモレリア大聖堂

■1580年にはサン・ニコラス神学校や音楽学校も建設され学問都市として栄えた。

Wikipedia→モレリアの歴史地区

◯サカテカスの歴史地区

(文)メキシコ 1993年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 メキシコ中央高原北端に位置。

歴史 16世紀半ばに銀鉱脈を求めるスペイン人が建設した植民都市。

特徴 チュリゲラ様式と呼ばれるバロックの影響を受けた建造物も多く建てられた。

■18世紀半ばに建てられた大聖堂は壮麗なファサードで知られた。

赤みを帯びた石材で造られた建物が多い街は「バラ色の街」とも呼ばれている。

Wikipedia→サカテカスの歴史地区

◯オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡

(文)メキシコ 1987年

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 メキシコ南部。モンテ・アルバンはオアハカの西約10km。

歴史 1521年のスペイン人制服以後植民都市として発展。

モンテ・アルバンは前500年頃から支配していたサポテカ人の都市遺跡が残る。900年頃はミステカ人が墓域として利用。

特徴 17~18世紀にかけて「悲しみの聖母」で知られるラ・ソレダー教会堂などが築かれる。

■碁盤目状の都市。バロック様式を基調とするムデハルやメキシコの土着文化の融合。

多発する地震に対する耐震設計も特徴。

Wikipedia→オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡

◯カマグエイの歴史地区

(文)キューバ 2008年

登録基準(Ⅳ)(Ⅴ)

場所 キューバ南東部。

歴史 16世紀にスペイン人が作った植民都市。

特徴 歴史地区には新古典主義やアール・デコネオ・コロニアルなどの建築様式を反映した建物が多く残る。

■砂糖の生産と牛の市域で栄えた。他の植民都市と異なり規則的な区画が設けられていないのも特徴。

Wikipedia→カマグエイの歴史地区

◯シエンフエゴスの歴史地区

(文)キューバ 2005年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 キューバの中央部南岸。

歴史 1819年に誕生した都市。19世紀のヨーロッパ式建築物を数多く残すかつての植民都市。

特徴 19世紀にフランス人移民の発想で造られた地区は碁盤目状に区切られ、衛生面、機能性を考慮して設計。

■市庁舎に代表される新古典主義の建物がカリブ海では類を見ないほど密集。

Wikipedia→シエンフエゴスの歴史地区

◯レオン・ビエホの遺跡群

(文)ニカラグア 2000年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 中米ニカラグアの西部。

歴史 1524年に創建されたアメリカ大陸最古の西欧式都市の一つ。

1578年のモモトンボ火山の噴火と1610年の地震で壊滅した。

特徴 火山灰に埋まったが1968年、工事中にラ・メルセー教会堂跡が発見。

■噴火によって埋もれたことはおさえておきたい。

Wikipedia→レオン・ビエホの遺跡群

◯アンティグア・グアテマラ

(文)グアテマラ 1979年

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 グアテマラの標高1530mの高地。

歴史 度重なる震災から復興した植民都市。

1773年の地震で甚大な被害。首都がグアテマラシティに移転されたため植民地時代の街並みが残った。

特徴 被災の度に壁を厚く、柱を太く短くし耐震性を高めて建造物が改築されてきた、

ラ・メルセー教会など38に及ぶ教会堂やアメリカ大陸で4番目の設立となるカルロス神学校。

Wikipedia→アンティグア・グアテマラ

◯ケレタロの歴史的建造物地区

(文)メキシコ 1996年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 メキシコ中央高原。

歴史 16世紀にスペイン人が先住民との平和的共存を目指して建設した植民都市。

18世紀にメキシコ第3の大都市に。19世紀には独立運土の拠点になった。

特徴 17世紀に建てられたサンタ・クララ教会堂の黄金の祭壇はバロック様式ながら先住民の風習を想起させるような装飾で「ケレタロ流バロック」と呼ばれる。

■経済的にもタバコの栽培や織物の産地として発展。

Wikipedia→ケレタロの歴史的建造物地区

◯トラコタルバンの歴史的建造物地区

(文)メキシコ 1998年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 メキシコ最大の貿易港ベラクルスの南。

歴史 17~18世紀に内陸部の物産を臨海都市に運ぶ中継地として栄えた港湾都市。1790年に大火。

特徴 火災対策を義務付け、コロンブス広場やカラフルな住宅などスペインとカリブ海文化が融合した新古典主義の街並みが現存。

■先住民の言葉で「水に囲まれた都市」。トルコタラバンと思ったらトラコタルパンだった。

Wikipedia→トラコタルバンの歴史的建造物地区

◯植民都市サントドミンゴ

(文)ドミニカ共和国 1990年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅵ)

場所 ドミニカ共和国の首都。

歴史 新大陸最古のスペイン植民地政策の活動拠点。

特徴 代表的な建築物は新大陸最古の病院サン・ニコラス・デ・パリ病院

■1540年完成のゴシック様式とルネサンス様式の特徴を併せ持つサンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂。

コロンブスの遺骨があったが1992年にコロンブス記念灯台に移された。

Wikipedia→植民都市サントドミンゴ

■植民都市(南米)

◯クスコの市街

(文)ペルー 1983年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所 ペルー南部。アンデスの東山脈と中央山脈の谷間にある標高3400mの高地にあったインカ帝国の首都

歴史 1200年頃クスコ王国をマンコ・カパックが興す。インカ人は13世紀頃から周辺部族の制服を進める。

15世紀の皇帝パチャクテクの時代に絶頂期。

1533年にスペイン人のフランシスコ・ピサロが占領しインカ帝国は滅亡。

特徴 黄金に彩られた宮殿や神殿が立ち並んでいた。優れた石積み文化はインカ文明の特徴。

スペイン人が征服した後は堅牢な石積みを利用し、大聖堂やラ・コンパニーア聖堂などを築く。

インカの堅牢な石積みの上にキリスト教を象徴する建物やスペイン風の建物が建設。

クスコ近郊の巨大な宗教儀礼の場サクサイワマンでは現在もインティライミ(太陽神の祭り)が開かれている。

■クスコはケチュア語で「へそ」。インカ人にとって神聖な動物はピューマ。

インカ帝国の歴史とスペイン人が征服した後の歴史をなぞって覚えたい。

Wikipedia→クスコの市街

◯リマの歴史地区

(文)ペルー 1988年/1991年範囲拡大

登録基準(Ⅳ)

場所 ペルー中央部、リマック川南岸。

歴史 インカ帝国を滅ぼしたフランシスコ・ピサロによって1535年に築かれた。

1542年にペルー副王領の首都となる。

特徴 スペインの南米植民地支配の中心地としていくつもの重要な建築物が建てられた。

アルマス広場前の大聖堂は1535起工、1624年に完成。礼拝堂は過剰な装飾のチュリゲラ様式でピサロの遺骨を納めた石棺が安置。

南米の建築史上最高傑作と言われるサンフランシスコ修道院は1574年に完成。後に地震で損傷しバロック様式や、イスラム教とキリスト教のスタイルが融合したムデハル様式で改築。

付属の図書館は宗教・文化の研究施設となり現在も総革製の書籍25,000冊、羊皮紙製の書籍約6,000冊が収蔵。

院内のカタコンベは1810年までリマ市の墓地として使用。

■アルマス広場を中心に碁盤目状に道路が敷かれている。

18世紀頃に建てられたコロニアル調のトーレ・タグレ邸。1549年建設のサントドミンゴ教会堂。

19世紀初頭まで異端者追及の場であったラ・インキシシオンなどが現存。

Wikipedia→リマの歴史地区

◯ポトシの市街

(文)ボリビア 1987年/2014年危機遺産

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅵ)

場所 ボリビア南部。アンデス山脈の裾野、標高4,000m超の高地。

歴史 1542年から1545年にかけてポトシで銀鉱脈が発見。1546年にスペイン人によりポトシ市が建設。

1569年には「セロ・リコ(富の山)」と名付けられた銀山の運営のため、総督フランシスコ・デ・トレドを派遣した。

最新のアマルガム法が取り入れられ17世紀半ばまでの約100年間で世界の半分もの銀が産出された。

銀採掘は1825年にボリビアが独立した後に衰退。2014年には鉱山管理が不十分で危機遺産リストに。

特徴 銀山の街として栄えた時代をしのばせる建物が数多く残る。

■市街には造幣局、サンロレンソ聖堂、貴族の邸宅、労働者のための居住区バリオス・ミタヨスが今でも残る。

Wikipedia→ポトシの市街

◯キトの市街

(文)エクアドル 1978年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 アンデス山脈の高地、エクアドルの首都。

歴史 新大陸における宗教の中心となった。先住民のキトス族が築いた街が元々あった。

15世紀末にインカ帝国の支配下に入りクスコに次ぐインカ第2の都市として発展。

1533年スペイン人による侵略が始まるとインカ人は自ら街を焼き払う。

16世紀半ば廃墟と化した街にスペイン人が計画都市に沿った植民都市キトを建設。

特徴 16~18世紀に建てられた教会堂や修道院が30以上残る。バロック様式やムデハル様式が融合した植民地特有のスタイル。

■①大聖堂 1572年建造。主祭壇の背面にインディオの彫刻家カスピカラの代表作「ラ・サバナ・サンタ」が飾られている。

②サン・フランシスコ修道院 1535年建設の南米最古の修道院建築。付属の先住民の学校では神学と美術を教え「キト派」という様式と集団を生む。

③ラ・コンパニーア教会堂 完成まで160年以上。エクアドル屈指のバロック建築。7tもの緊迫で覆われた豪華な主祭壇が有名。

Wikipedia→キトの市街

◯オウロ・プレトの歴史都市

(文)ブラジル 1980年

登録基準(Ⅰ)(Ⅲ)

場所 ブラジリアの南東約800kmに位置。

歴史 18世紀初頭に金鉱脈が発見されてできた街。18世紀の一時期は世界の金の60%が産出。

特徴 ゴールドラッシュで得た富によって豪華な建物が今も残る。

■ミナス・バロック様式のノッサ・セニョーラ・ド・ピラール教会堂の装飾は、バロック彫刻家アレイジャジーノの傑作。約400kgの黄金が使われている。

オウロ・プレトは「黒い金」の意味。

Wikipedia→オウロ・プレトの歴史都市

◯オリンダの歴史地区

(文)ブラジル 1982年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 ブラジルの北東部沿岸。

歴史 16世紀にポルトガル人のペレイラが建設。

特徴 ボルトガルの植民地として砂糖産業で繁栄。オレンジの屋根や白い壁の家が並ぶ様は鮮やか。 

■17~18世紀のバロック様式の壮麗な聖堂や修道院が残る。

Wikipedia→オリンダの歴史地区

◯サン・ルイスの歴史地区

(文)ブラジル 1997年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)

場所 ブラジルの東側

歴史 17世紀にブラジルで唯一フランス人が建設した植民都市。

ポルトガル人が最初に集落を築き、その後フランス軍が上陸、ルイ13世の名前にちなんだ名前に変更。

1615年にポルトガルが再度占拠、その後オランダにも一時占拠された。

特徴 砂糖と綿花の貿易港として繁栄。

■フランス風の教会堂や邸宅などが建造されたのち、農園経営で富を得たポルトガル人が競って建造した邸宅が今も残っている。

鉄細工を施したバルコニーや石を敷き詰めた中庭は壮麗。

Wikipedia→サン・ルイスの歴史地区

◯サン・クリストヴァンのサン・フランシスコ広場

(文)ブラジル 2010年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 ブラジルのサン・クリストヴァン市街

歴史 16世紀後半から17世紀半ばまでのスペイン・ポルトガル同君連合時代に建設が始まる。

特徴 四角形の解放空間の広場。公共施設や私邸、初期の建造物であるサン・フランシスコ教会やその女子修道院、

サンタ・カーザ・ダ・ミゼリコディア教会といったフランシスコ会の建造物が取り囲んでいる。

■ポルトガルとスペインの都市計画が共存。

Wikipedia→サン・クリストヴァンのサン・フランシスコ広場

◯ヴァロンゴ埠頭の考古遺跡

(文)ブラジル 2017年

登録基準(Ⅵ)

場所 リオデジャネイロの中心に位置。

歴史 1811年からアフリカ人奴隷を上陸させるため石造りの埠頭が築かれた。

特徴 アフリカ人奴隷がアメリカ大陸にやってきた際の最も重要な物理的痕跡。

■かつてはリオデジャネイロの港湾。奴隷関係が絡む遺産なので登録基準は(ⅵ)。負の遺産にはなっていない。

Wikipedia→ヴァロンゴ埠頭の考古遺跡

◯サルヴァドル・デ・バイアの歴史地区

(文)ブラジル 1985年

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅵ)

場所 ブラジル北東部バイア州の州都。

歴史 16~18世紀にかけてプランテーションで栄えた都市。

1558年に新大陸初の奴隷市場が設けられ、サトウキビやタバコ農園の労働力として黒人奴隷がアフリカから連れてこられた。

1763年にリオデジャネイロに遷都されるまで植民地ブラジルの首都として繁栄。

特徴 サトウキビ栽培、タバコ、コーヒー、金などの取引が盛んに行われた。

■連れてこられたアフリカ人奴隷が音楽や宗教、食文化などがアフロ・ブラジリアン文化を生み出した。

Wikipedia→サルヴァドル・デ・バイアの歴史地区

◯ディアマンティーナの歴史地区

(文)ブラジル 1999年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 ブラジル南東部のミナスジェライス州。

歴史 1720年代にダイヤモンドの鉱脈が発見され、にゅうしょky

特徴 ダイヤモンド採掘で栄えた植民都市。

標高1,100mの高地に位置する岩肌が露出している山間部にポルトガルの石畳の街並みをモデルとして築かれた。

道沿いにはバロック様式の建物が軒を連ねる。色彩豊かな幾何学模様の木彫り装飾が施された聖フランシス教会

■街の名前はポルトガル語で「ダイアモンド」を意味するので結び付けやすい。

Wikipedia→ディアマンティーナの歴史地区

◯ゴイアスの歴史地区

(文)ブラジル 2001年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 ブラジル中央高原。ゴイアス州とゴイアニアの北西約130kmに位置。

歴史 18世紀前半に金鉱脈の発見で発展した植民都市。

特徴 壮麗なサンタナ大聖堂などの宗教建築や全体的にほぼ同企画で統一されたコロニアル調の家屋が並ぶ。

■1770年頃から金鉱脈が枯渇、街は衰退したが風土に適した造りで、その景観は良好な状態で保存されている。

Wikipedia→ゴイアスの歴史地区

◯コロニア・デル・サクラメントの歴史地区

(文)ウルグアイ 1995年

登録基準(Ⅳ)

場所 ウルグアイ南西部、ラプラタ川河口に位置。

歴史 1680年にポルトガルがスペイン領内に築いた港湾都市。

スペインとポルトガルは約100年に渡り争い、破壊と修復を繰り返しながら都市が形成された。

特徴 ポルトガルとスペイン文化の融合したコロニアル様式の建築物が立ち並ぶ。

■世界遺産に登録されている歴史地区には26本の街路と9つの広場。

景観を保つために灯台とサグラード・サクラメント教会堂以外の建物は平屋か2階建て以下に制限されている。

Wikipedia→コロニア・デル・サクラメントの歴史地区

◯アレキパの歴史地区

(文)ペルー 2000年

登録基準(Ⅰ)(Ⅳ)

場所 ペルー南部。標高2370mの高地にスペイン人が築いた植民都市。

歴史 インカ時代から存在、1540年以降スペインが整備を進めペルー第2の都市となった。

特徴 アルマス広場を中心に1579年創建のサンタ・カリーナ修道院などが立ち並ぶ。

■建物の素材として近郊で採れる白、ピンクの火山岩が用いられており「白い街」とも呼ばれる。

頻繁に起こる地震対策として聖堂には2m以上、住宅には1mの厚さの壁が設けられている。

Wikipedia→アレキパの歴史地区

◯サンタ・クルス・モンポスの歴史地区

(文)コロンビア 1995年

登録基準(Ⅳ)(Ⅴ)

場所 カルタヘナの南方約250km。マグダレナ川河口から約200km上流に位置。

歴史 1540年にカルタヘナ総督のフアン・デ・サンタ・クルスによって築かれた。

特徴 水運の要衝地として発展。19世紀初めにマグダレナ川の流れが変わると街は衰退し交易地としての役割を終えた。

■スペインの南米植民地政策で重要な役割を担った都市。今も白壁の家が続くスペイン風の街並みが残る。

サンタ・バルバラ教会堂をはじめとする要塞機能を持つ3つの教会堂や修道院、18世紀半ばにはレンガ造りの建物が約600戸あった。

Wikipedia→サンタ・クルス・モンポスの歴史地区

◯パラマリボの歴史地区

(文)スリナム 2002年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)

場所 (ゴージャスさんの動画でもお馴染みの)スリナムの首都。

歴史 スペイン領だったが1815年にはオランダ領に。

特徴 木材やサトウキビ栽培、輸出によって発展。

歴史地区にはオランダの建築デザインとアジアからの移民がもたらした工芸技術にクレオール文化が融合した独特な景観が広がる。

碁盤目状に区分けされた街には木造とレンガ造りの建物が混在。

■クイズではよく出るパラマリボ。南米で最も面積が小さい、唯一のオランダ語圏であることなど。

Wikipedia→パラマリボの歴史地区

◯コロとその港

(文)ベネズエラ 1993年/2005年危機遺産

登録基準(Ⅳ)(Ⅴ)

場所 ベネズエラ北西部のコロ。

歴史 1572年にスペインの植民都市として建設。

17世紀末以降カリブ海のオランダ領アンティル諸島との密貿易で繁栄。

特徴 バラ窓で飾られた「太陽の家」などの優美な建物が有名。

■街の北東にあるラ・ベラ港にはオランダ風建築様式の税関事務所や礼拝堂がある。

2004年の大洪水で被害を受け危機遺産リストに。

Wikipedia→コロとその港

◯スクレの歴史都市

(文)ボリビア 1991年

登録基準(Ⅳ)

場所 ボリビア中部。

歴史 昔は銀の管理地として繁栄。1538年にスペイン人入植者が都市を築く。

近郊のポトシ銀山開発をきっかけに居住者が増え大学も開設。

特徴 1552年に司教座設置が決まるとキリスト教布教の中心地となった。

■1825年にボリビアはスペインから独立。初代大統領の名前からスクレと名付けられた。

Wikipedia→スクレの歴史都市

◯クエンカのサンタ・アナ・デ・ロス・リオス歴史地区

(文)エクアドル 1999年

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅴ)

場所 エクアドルの南部、アンデス山脈の高地標高2580m。

歴史 1557年にカルロス5世の命に基づき建設。

特徴 碁盤目状に日干しレンガの道が張り巡らされ、オレンジの屋根と白壁の洗練された建物が並ぶ。

サント・ドミンゴ教会堂やカルメル会の修道院などの建造物は、スペイン建築を南米の気候風土に合わせた独特の建築様式。

Wikipedia→クエンカのサンタ・アナ・デ・ロス・リオス歴史地区

◯海港都市バルパライソの歴史地区

(文)チリ 2003年

登録基準(Ⅲ)

場所 チリ中部、首都サンティアゴから北に130km。

歴史 1536年にスペインによって作られた。サント・ドミンゴの丘には1559年に建てられた古い教会。

特徴 港から丘に向かって急な坂道や石段が放射状に延びる円形闘技場のような造り。

■19世紀後半に建てられた鉄道駅舎や関税局などが立ち並ぶ。

アセンソールと呼ばれる傾斜式エレベーターも多い。

Wikipedia→海港都市バルパライソの歴史地区

おわりに

「植民都市(中米)(南米)」については、馴染みがない地名が多いので地名と国の紐づけを優先的に。そして植民として産業や文化、人名を覚えることが大事。

世界遺産検定の他にも色々なジャンルの記事を書いてますので気になるジャンルがありましたら読んでいただけると幸いです。

これからも生活の役に立つ記事、楽しい記事を少しずつ書いていきたいと思います!

ではではー!

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世界遺産検定1級→86植民都市(北米)/要塞と軍事関連遺産~アメリカ大陸の世界遺産

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