【世界遺産】84時間目 マヤ文明~アメリカ大陸の世界遺産
こんばんは、みや兄です!世界遺産検定1級合格に向けての勉強シリーズです。
公式テキストである「すべてがわかる世界遺産大事典(上)(下)」を中心に自分の苦手ポイントメモなどを加えていきたいと思います。
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今日は84時間目ということで「84マヤ文明」です
■マヤ文明
◯チチェン・イツァの古代都市
(文)メキシコ 1988年
登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)
◯場所 ユカタン半島北部。ユカタン半島最大級のセノーテ(地下泉)の上に築かれていた。
◯歴史 7世紀頃にマヤ系のイツァ人は一度姿を消す。10世紀初頭にトルテカ文明の影響を受けたイツァ人の末裔が再移住。
13世紀頃に別のマヤ人に都市国家マヤパンから攻撃されイツァ人が逃亡、建造物のほとんどが廃墟となった。
8世紀頃から宗教儀礼に使われた「聖なるセノーテ」は巡礼地の一つとして人が絶えることはなかったという。
1885年アメリカのエドワード・トンプソンが遺跡のある土地を購入。遺跡北端のセノーテを調査し数々の宝物を発見した。
◯特徴 伝統的なマヤの建築様式であるプウク様式の影響が色濃く残る。
旧チチェンに残る螺旋階段を持つ円形の塔カラコル。
新チチェンに「エル・カスティーリョ」と名付けられた9層の階段状ピラミッド。最上部にククルカン神殿。
ピラミッド東側の「戦士の神殿」の正面に60本の柱。神殿中央には巨大なチャクモール像。
※チャクモール=神への供物を運ぶ使者。腹部に捧げものを置く皿を抱く。
Wikipedia→チチェン・イツァの古代都市
◯パレンケの古代都市と国立公園
(文)メキシコ 1987年
登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)
◯場所 メキシコ南東部の熱帯雨林が囲む盆地に残る遺跡。
◯歴史 都市の建設は4世紀頃。6~8世紀に最盛期。10世紀に廃墟となる。
18世紀にスペインの宣教師が発見。建造物の本格的な調査は1940年代になってから。
1952年にメソアメリカで初めて見つかった遺跡である。
◯特徴 約500の建築物が現存している。
もっとも有名なのは「碑文の神殿」。パレンケ王家の歴史が記されたマヤ文字の碑文が発見。
パレンケは現在も発掘が進められていてほとんどまだ密林に埋もれている。
■バカル王の墓室の発見はピラミッドの起源が神殿という定説を覆すものとなった。
Wikipedia→パレンケの古代都市と国立公園
◯ウシュマルの古代都市
(文)メキシコ 1996年
登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)
◯場所 メキシコのユカタン半島のジャングルに囲まれている。
◯歴史 7~10世紀に繁栄。
◯特徴 この地独特のプウク様式。平屋屋根の水平な稜線とモザイク文様の装飾。
一晩で完成したという「魔法使いのピラミッド」や「総督の館」「尼僧院」「ハトの家」などの建物。
幾何学的なモザイク文様や雨の神チャク像などが彫られている。
儀礼が行われていたとされる建造物群はマヤ文明後期の芸術や建築様式の頂点をなしている。
■古いマヤ語で「3度に渡り建てられた街」という意味。
魔法使いのピラミッド=高さ37mの5層。頂上に神殿があり、基壇は楕円形、下2段には大きな階段がある。
マヤ後期にトルテカ族などの伝統的な芸術や建築法が混ざり合い造られたものと考えられている。
尼僧院=支配者の宮殿と考えられる建物。方形の中庭を回廊が囲んでいる。内面と外面に細かな彫刻で文様装飾がされている。
Wikipedia→ウシュマルの古代都市
◯コパンのマヤ遺跡
(文)ホンジュラス 1980年
登録基準(Ⅳ)(Ⅵ)
◯場所 ホンジュラスの西端。モタグア川の支流コパン川流域の盆地。
◯歴史 5~9世紀に栄えたコパン王朝の都市遺跡。
紀元前1400年頃から人々が住み始め、紀元前900~前600年にはオルメカ文明の影響を受けた跡が確認されている。
695年に即位した第13代ワシャクラフン・ウバーフ。カウィル王(18ウサギ王)が軍事、商業の面から発展させた。
738年に衛星都市であったキリグアに敗れ王の権威は失墜、貴族との合議制で統治されるようになった。
◯特徴 コパンの遺跡の中心は祭祀用の大広場と、増築と改築が繰り返された建築物複合体アクロポリス。
その他4,500以上の遺構が発見。カメやジャガーといった動物などの3万点以上の石像彫刻は加工しやすい凝灰岩。
■アクロポリスの北側に位置する26の神聖文字の階段には72段の階段に2,200以上ものマヤ文字が刻まれている。
祭壇Qと名付けられた祭壇の上部には代々のコパン王の肖像画が刻まれている。
コパンの暦は現在の太陽暦と4分19秒の誤差しかないことが確認されている。
Wikipedia→コパンのマヤ遺跡
◯キリグア遺跡公園
(文)グアテマラ 1981年
登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅳ)
◯場所 グアテマラ東部、ホンジュラスとの国境近く。
◯歴史 3世紀頃から本格的な都市建設活動が始まったマヤ文明の都市遺跡。
8世紀にキリグア王がコパン13代王を殺害した後に全盛。
◯特徴 中央広場を囲むように神殿、宮殿、ピラミッド、球戯場などが築かれ、10基あまりの石碑が残っている。
マヤ文明最大の石碑である高さ10.6m、重さ59tの「石碑E」が有名。浮き彫りや象形文字が彫られている。
■キリグアはコパンの衛星都市で翡翠や黒曜石なおの交易で繁栄。
Wikipedia→キリグア遺跡公園
◯ホヤ・デ・セレンの考古遺跡
(文)エルサルバドル 1993年
登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)
◯場所 首都サンサルバドルの北西。
◯歴史 6世紀末のロマ・カルデラ火山の噴火以来、火山灰に埋もれていたマヤの集落跡。
1976年工事中に偶然発見されるとすぐに調査が開始された。
陶器や香具、染料などの日用品やトウモロコシ、カカオといった食料まで発見されている。
■マヤ文明の遺跡で当時の農村生活をそのまま伝える遺跡はほとんどなく、「セレンの宝物(ホヤ・デ・セレン)」の意味の通り、
考古学的にも人類学的にも貴重な遺跡。
Wikipedia→ホヤ・デ・セレンの考古遺跡
おわりに
「マヤ文明」については、まずはその遺跡の背景・歴史を抑えておく。そして遺跡の特徴を表すキーワードを抑える。
世界遺産検定の他にも色々なジャンルの記事を書いてますので気になるジャンルがありましたら読んでいただけると幸いです。
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