【世界遺産】45フェニキア・ギリシャ・ローマ遺跡/都市遺跡~アフリカの世界遺産

こんばんは、みや兄です!12月12日までは世界遺産検定1級合格に向けての勉強シリーズです。

公式テキストである「すべてがわかる世界遺産大事典(上)(下)」を中心に自分の苦手ポイントメモなどを加えていきたいと思います。

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今日は第45回目ということで「45フェニキア・ギリシャ・ローマ遺跡/都市遺跡」です

■フェニキア・ギリシャ・ローマ遺跡

◯カルタゴの考古遺跡

(文)チュニジア 1979年

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅵ)

場所歴史特徴

■カルタゴはフェニキア人が築いた街。

ビュルサの丘やマゴン街の住居跡から貯水槽や水利施設が整っていた。

ポエニ戦争では英雄ハンニバルが活躍。

ローマ人の手で蘇る。アントニヌスの浴場。

Wikipedia→カルタゴの考古遺跡

◯古代カルタゴ都市ケルクアンとそのネクロポリス

(文)チュニジア 1985年/1986年範囲拡大

登録基準(Ⅲ)

場所

歴史

特徴

■フェニキア人が築いたとされる古代都市と共同墓地の遺跡

第一次ポエニ戦争で壊滅し、再建されることがなかったので古代カルタゴの様子を今に伝える。

Wikipedia→古代カルタゴ都市ケルクアンとそのネクロポリス

◯サブラータの考古遺跡

(文)リビア 1982年/2016年危機遺産

登録基準(Ⅲ)

場所

歴史

特徴

フェニキア人によって建造。レプティス・マグナ、オエアと並んでフェニキア三大都市。→トリポリス。

ローマの属州になったのはトラヤヌス帝統治時代。

Wikipedia→サブラータの考古遺跡

◯レプティス・マグナの考古遺跡

(文)リビア 1982年/2016年危機遺産

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)

場所

歴史

特徴

フェニキア人が築いた商業・港湾都市の遺跡。北アフリカの商業中継地。

この地で生まれたセプティミウス・セウェルスがローマ皇帝に就くと黄金期を迎える。

セウェルスの凱旋門はセウェルス帝がパルティア王国に勝利した時のモニュメント。

海水の浸食や洪水にも見舞われてる。危機遺産。

Wikipedia→レプティス・マグナの考古遺跡

◯ティムガッドの考古遺跡

(文)アルジェリア 1982年

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)(Ⅵ)(Ⅶ)(Ⅷ)(Ⅸ)(Ⅹ)

場所

歴史

特徴

■アルジェリア北部にトラヤヌス帝が築いた都市の遺跡。

ベルベル人を牽制する砦としての役割を担った。

Wikipedia→ティムガッドの考古遺跡

◯ティパサの考古遺跡

(文)アルジェリア 1982年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所

歴史

特徴

■アルジェリア北部、フェニキア人が築いた都市。

4世紀にはキリスト教徒居住区とされておりそのころ築かれたバシリカ大聖堂は北アフリカで最大規模だった。

Wikipedia→ティパサの考古遺跡

◯キレーネの考古遺跡

(文)リビア 1982年/2016年危機遺産

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅵ)

場所

歴史

特徴

■ギリシャ式の遺跡。テラ島の人々が太陽神アポロンから神託を受けリビアにて街を建造したとされる。

紀元前5~前4世紀には地中海貿易の拠点。アテネ、シラクサに次ぐ規模のアクロポリスが建設された。

ゼウス神殿はドーリア式列柱が使われた。(ドーリア式列柱=柱身が太く、柱頭に装飾がない様式。)

Wikipedia→キレーネの考古遺跡

◯ドゥッガの考古遺跡

(文)チュニジア 1997年

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)(Ⅵ)(Ⅶ)(Ⅷ)(Ⅸ)(Ⅹ)

場所

歴史

特徴

■アフリカ最大規模のローマ帝国の植民都市遺跡。

カルタゴと対立していたヌミディア王国の都市であった。

その形跡はハンニバルに対抗した軍長官アテバンの霊廟にわずかながら残っている。

Wikipedia→ドゥッガの考古遺跡

◯ジェミーラの考古遺跡

(文)アルジェリア 1982年

登録基準(Ⅲ)(Ⅳ)

場所

歴史

特徴

■アルジェリア北東部。ローマ軍が城砦として築いた場所から発展した植民都市。

カラカラ帝の凱旋門カピトリウム神殿など大部分の遺跡の保存状態は良好。

Wikipedia→ジェミーラの考古遺跡

◯エル・ジェムの円形闘技場

(文)チュニジア 1979年/2010年範囲変更

登録基準(Ⅳ)(Ⅵ)

場所

歴史

特徴

■チュニジア北東部。古代ローマの遺構。

エル・ジェムは「ローマの穀倉地帯」と呼ばれた豊かな地方だった。

ローマ帝国衰退後はベルベル人の要塞として利用。ローマのコロッセウム以外では唯一3層部分を残している

Wikipedia→エル・ジェムの円形闘技場

■都市遺跡

◯ヴォルビリスの考古遺跡

(文)モロッコ 1997年/2008年範囲変更

登録基準(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅵ)

場所

歴史

特徴

■モロッコ最大のローマ都市遺跡。カラカラ帝の凱旋門が有名。

ヴォルビリスはベルベル語で夾竹桃を意味。

18世紀のリスボン大地震の時に壊滅的な被害、廃墟となるが1887年より発掘と修復が行われた。

Wikipedia→ヴォルビリスの考古遺跡

◯伝説の都市トンブクトゥ

(文)マリ 1988年/2012年危機遺産

登録基準(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅴ)

場所

歴史

特徴

■マリ中部、サハラ砂漠南端。岩塩交易の中心地。日干し煉瓦の並ぶ街。

金の交易の中心地。黄金の都と言われた。

イスラム文化が浸透。ジンガリベリ・モスクサンコーレ・モスクなどのモスクや100を超えるマドラサが建てられた。

Wikipedia→伝説の都市トンブクトゥ

◯ジェンネの旧市街

(文)マリ 1988年/2016年危機遺産

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)(Ⅵ)(Ⅶ)(Ⅷ)(Ⅸ)(Ⅹ)

場所

歴史

特徴

■マリ南部、ニジェール川支流沿い。紀元前3世紀頃にホゾ族が築いた集落が起源とされる。

トンブクトゥと内陸部を結ぶ街として繁栄。

Wikipedia→ジェンネの旧市街

◯ファジル・ゲビ、ゴンダールの遺跡群

(文)エチオピア 1979年

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)(Ⅵ)(Ⅶ)(Ⅷ)(Ⅸ)(Ⅹ)

場所

歴史

特徴

■エチオピア北西部、標高2,000mの高地にある。

17世紀初頭にエチオピア帝国の皇帝ファシラダスが都として以降200年に及ぶ繁栄を誇ったゴンダール様式都市の遺構。

Wikipedia→ファジル・ゲビ、ゴンダールの遺跡群

◯カミ遺跡

(文)ジンバブエ 1986年

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)(Ⅵ)(Ⅶ)(Ⅷ)(Ⅸ)(Ⅹ)

場所

歴史

特徴

■15世紀中頃に興ったトルワ国の都市遺跡。大ジンバブエの街を放棄したロズウィ族が移り住み都市を形成したと考えられる。

カミ遺跡は花こう岩で造られた建造物が並ぶ。

Wikipedia→カミ遺跡

◯大ジンバブエ遺跡

(文)ジンバブエ 1986年

登録基準(Ⅰ)(Ⅲ)(Ⅵ)

場所

歴史

特徴

■11~15世紀頃にバンツー語系のショナ族によって築かれた遺跡群。

「アクロポリス」「神殿」「谷の遺跡」の3つの主要な建造物でできている。

15世紀にロズウィ族が統治下に。交易で栄える。

Wikipedia→大ジンバブエ遺跡

◯ンバンザ・コンゴ:旧コンゴ王国の首都遺跡

(文)アンゴラ 2017年

登録基準(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅴ)(Ⅵ)(Ⅶ)(Ⅷ)(Ⅸ)(Ⅹ)

場所

歴史

特徴

■標高570mの高原に位置。南アフリカで大きな国だったコンゴ王国の政治的、精神的な首都だった街。

キリスト教の導入とポルトガル人の到来によって、中央アフリカが大きく変化したことを伝える。

Wikipedia→ンバンザ・コンゴ:旧コンゴ王国の首都遺跡

おわりに

「フェニキア・ギリシャ・ローマ遺跡」については、

「都市遺跡」については

世界遺産検定の他にも色々なジャンルの記事を書いてますので気になるジャンルがありましたら読んでいただけると幸いです。

これからも生活の役に立つ記事、楽しい記事を少しずつ書いていきたいと思います!

ではではー!

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世界遺産検定1級→46霊廟と墳墓/交易都市と交易路~アフリカの世界遺産

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